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東京地方裁判所 平成11年(ワ)898号 判決 1999年12月07日

原告 赤澤敏郎

右訴訟代理人弁護士 山嵜進

被告 昭和総合開発株式会社

右代表者代表取締役 川島潤之輔

<他1名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 髙山征治郎

右同 亀井美智子

右同 中島章智

右同 髙島秀行

右同 石井逸郎

右同 楠啓太郎

右同 宮本督

右同 吉田朋

主文

一  被告昭和総合開発株式会社は、原告に対し、金一二〇万円及びこれに対する平成一〇年一二月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告株式会社ルーデンスカントリークラブに対する主位的請求を棄却する。

三  被告昭和総合開発株式会社と被告株式会社ルーデンスカントリークラブとが平成一〇年八月三一日になしたルーデンスカントリークラブの営業権の譲渡契約を金一二〇万円の範囲で取り消す。

四  被告株式会社ルーデンスカントリークラブは、原告に対し、金一二〇万円を支払え。

五  原告の被告株式会社ルーデンスカントリークラブに対するその余の予備的請求を棄却する。

六  訴訟費用は被告らの負担とする。

七  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告昭和総合開発株式会社(被告昭和総合という。)に対する請求及び被告株式会社ルーデンスカントリークラブ(被告ルーデンスという。)に対する主位的請求

被告らは、原告に対し、連帯して金一二〇万円及びこれに対する平成一〇年一二月七日(催告状の到達の日から一〇日後)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告ルーデンスに対する予備的請求

1  被告昭和総合と被告ルーデンスとが平成一〇年八月になしたルーデンスカントリークラブ(本件ゴルフクラブという。)にかかる営業権の譲渡契約を取り消す。

2  被告ルーデンスは、原告に対し、右営業譲渡契約に基づき被告昭和総合から譲り受けた全ての財産を引き渡せ。

3  仮に、右引渡しができないときは、被告ルーデンスは、原告に対し、金一二〇万円を支払え。

第二事案の概要

一  本件の概要

本件は、被告昭和総合の前身である訴外中央開発株式会社(訴外中央開発という。)に資格保証金一二〇万円(本件預託金という。)を払い込み、同社との間で本件ゴルフクラブに個人正会員として入会する旨の契約(本件入会契約という。)を締結した原告が、被告らに対し、左記の請求をしている事案である。

1  被告昭和総合に対する請求

本件入会契約に基づき、約定の預託金据置期間が経過したことを理由とする預託金返還請求として、一二〇万円及びこれに対する催告状到達の日の後(一〇日後)である平成一〇年一二月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払

2  被告ルーデンスに対する主位的請求

被告ルーデンスが被告昭和総合から営業権の譲渡を受けたことに伴い、商法二八条に基づく責任として、一二〇万円及びこれに対する催告状到達の日の後(一〇日後)である平成一〇年一二月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払

3  被告ルーデンスに対する予備的請求

被告昭和総合と被告ルーデンスとの間の本件ゴルフクラブの営業の譲渡契約を詐害行為を理由として取り消すとともに、譲渡財産の引渡し若しくはこれが不能な場合の価格賠償金一二〇万円の支払

二  前提事実

1  訴外中央開発は、本件ゴルフクラブを経営していた(争いがない。)。

2  原告は、昭和五九年一〇月三一日、訴外中央開発に本件預託金を払い込んで本件入会契約を締結し、訴外中央開発は、同日、原告に対して本件ゴルフクラブ会員証書(本件会員証書という。)を発行した(争いがない。)。本件会員証書には、本件預託金について、証書発行日より一〇年据置後、退会の際に、請求により返還する旨が記載されている。

また、本件ゴルフクラブの会則(本件会則という。)には、会員資格保証金(預託金)は入会後一〇年間据え置き、退会の際請求により返還する旨の規定と、会員資格保証金の据置期間は、天災地変、その他会社の経営上やむを得ない事情があり、一時の返済が困難と認められる場合は、理事会の決議により、期間を延長することができる旨の規定がある(本件会則一一条)。

3  訴外中央開発は、平成三年一二月一八日、被告昭和総合に合併されて解散した。これに伴い本件入会契約に伴う権利義務は訴外中央開発から被告昭和総合に承継された(争いがない。)。

4  本件預託金証書に記載された本件預託金の据置期間満了日である平成六年一〇月三一日が経過した。

5  原告は、平成一〇年八月一二日、被告昭和総合に対し、本件ゴルフクラブを退会する旨の意思表示をした(争いがない。)。

6  被告ルーデンスは、平成一〇年八月三一日付けの合意書に基づき、平成一〇年九月一日をもって被告昭和総合から本件ゴルフクラブの営業及びこれに関連する営業の全部について営業譲渡を受けた(争いがない。本件営業譲渡という。)。

右営業譲渡に際し、被告昭和総合と被告ルーデンスとは、営業権の対価を〇円、営業資産の対価を一億六六三一万円とし、被告ルーデンスが被告昭和総合に対して負担する営業譲渡金支払債務と、被告ルーデンスが被告昭和総合から債務の引き受けをして会員に負担する資格保証金返還債務(ただし、被告ルーデンスが提示する預託金据置期間の延長と会則の承諾に同意する会員に限り右債務を引き受けるものである。)とを対当額で相殺する旨の合意をなした。

7  原告は、平成一〇年一一月二六日に被告昭和総合に到達した内容証明郵便をもって、被告昭和総合に対し、本件預託金を一〇日以内に返還するよう催告した。

三  争点及び争点に関する当事者の主張

1  争点1(被告昭和総合に対する請求関係)

被告昭和総合の預託金据置期間延長の抗弁の成否。

(一) 被告昭和総合の主張

原告は、本件会則を承認の上、本件入会契約を締結した。本件会則第一一条二項には、預託金据置期間は、天災地変、その他会社経営上やむを得ない事情があり、一時の返還が困難と認められる場合は、理事会の決議により、期間を延長できるとの規定がある。被告昭和総合は、右約定に従って預託金の据置期間を一〇年間延長し、その旨を原告を含む全会員に通知した。

したがって、本件預託金の返還期限は未だ到来していない。

(二) 原告の主張

被告昭和総合の理事会が預託金据置期間について一〇年間延長する旨の決議をした事実はない。

仮に右決議が存在したとしても、預託金の返還にかかわる本質的事項に関する変更は、会員の個別的な承諾を得ないでなし得るものではなく、右延長条項は約款としての効力を認めることができない。したがって、延長決議は無効である。

2  争点2(被告ルーデンスに対する主位的請求関係)

被告ルーデンスは、本件預託金返還債務を被告昭和総合から引き受けたか否か。

(一) 原告の主張

被告ルーデンスは、営業譲渡に伴い、商法二八条により本件預託金返還債務を承継した。

被告ルーデンスは、会員が新会則を承認し、預託金の据置期間を一〇年間延長することに同意することを条件に会員に対する預託金返還債務及びプレー権を保証する旨の債務を引き継いだと主張し、一方、被告昭和総合は預託金の返還は困難な状況にあると主張するのであるから、会員は、被告ルーデンスの提示する条件を承諾しない限り、プレー権や預託金返還請求権の行使ができない状況にある。営業用財産を引き継いでおきながら、被告ルーデンスが右のような条件を付することは信義則に反する。したがって、被告ルーデンスは無条件に預託金返還債務を引き受けたというべきである。

(二) 被告ルーデンスの主張

本件営業譲渡に際しては、被告昭和総合から原告に対し、預託金返還期間について被告ルーデンスへ移籍後一〇年間据え置くこと及び被告ルーデンスの定める会則の承認に同意することを条件として被告ルーデンスが重畳的に預託金返還債務を引き継ぐ旨の通知をしている。

しかるに、原告は右事項につき同意していないから、被告ルーデンスは被告昭和総合が原告に対して負担する預託金返還債務を引き継いでいない。

したがって、被告ルーデンスに対する請求は失当である。

3  争点3(被告ルーデンスに対する予備的請求関係)。

原告が主張する詐害行為取消しの可否。

(一) 原告の主張

被告昭和総合と被告ルーデンスとの間でなされた本件営業譲渡は、原告に対する詐害行為にあたる。即ち、原告は被告昭和総合に対して一二〇万円の預託金返還請求権を有する債権者であるところ、被告昭和総合は、平成一〇年八月三一日、債務超過の状態にあることを知り債権者を害することを認識しながら、本件ゴルフクラブの営業を、右事実を知る被告ルーデンスに譲渡した。

よって、被告ルーデンスは、詐害行為の取消しに伴い、原告に対し、本件ゴルフクラブの営業を返還すべき義務を負うが、現実にそれが不可能である。そこで原告は、被告ルーデンスに対して、現物返還に代わる価額賠償金として原告の債権額である一二〇万円の償還を請求する。

(二) 被告ルーデンスの主張

本件営業譲渡は、被告昭和総合では本件ゴルフクラブの営業利益が上がらないので、その経営の改善を目指し、被告ルーデンスが新たに本件ゴルフクラブを経営するためになされたものである。

営業利益の出ない、いわば無価値の本件ゴルフクラブの営業を被告総合開発が被告ルーデンスに譲渡したことは、債権者に対する詐害行為ではない。本件ゴルフクラブの営業に価値が認められるとしても、本件営業譲渡の対価については、被告ルーデンスが預託金返還債務を引き継ぐことによって被告昭和総合に対し取得する求償権をもって相殺すると定めているのであるから無償譲渡ではない(合意書第五条二項)。そして、営業主体が変わることによって本件ゴルフクラブの営業利益が上がる体質へと改善されれば、その営業利益の五〇パーセントをゴルフ場の賃料名目で被告総合開発に支払う旨の合意もある(ゴルフ場施設賃貸契約書第四条)。

なお、本件営業譲渡の意図は、多くの会員のプレー権を確保して会員の被害、消費者の被害を回避することにあったのであるから、被告昭和総合に詐害性の認識はない。加えて、被告ルーデンス自身にも害意はない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(被告昭和総合に対する請求関係)について

《証拠省略》によれば、本件会則には、被告昭和総合主張のとおり、天災地変、その他会社経営上やむを得ない事情があり、一時の返還が困難と認められる場合、理事会が預託金据置期間の延長決議ができる旨の規定がある。

しかしながら、本件記録を精査しても、本件ゴルフクラブの理事会において、原告の預託金について、当初の据置期間が満了する以前の段階で、預託金の据置期間を一〇年間延長する旨の決議を行ってこれを原告に通知したことを認めるに足りる証拠はない(被告昭和総合からは、理事会の決議記録さえ提出されていない。)。

かえって、《証拠省略》によれば、被告昭和総合は、原告の預託金返還請求に対して、三年間の支払猶予を求める書面を送付していることが認められ、かかる行動は、被告昭和総合の主張と矛盾するものである。

したがって、被告昭和総合は、当初の契約どおり本件会員証書発行の日から一〇年を経過した後、会員が退会する際には、直ちに預託金を返還する義務を負うのであって、これに反する被告昭和総合の抗弁は採用することができない。

原告の被告昭和総合に対する請求は理由がある。

二  争点2(被告ルーデンスに対する主位的請求関係)について

1  ゴルフクラブの営業の譲渡と、新会社による会員権契約の引受けとは別個の法律行為である。即ち、預託金返還請求権を含むゴルフ会員権はゴルフ場経営会社と会員との間の入会利用契約上の地位であり、その法的性質は債権であるから、ゴルフ場経営会社が交代した場合には、従前の会社との間で入会契約を締結していた会員は、営業譲渡会社から営業譲受会社に対し、会員の入会利用契約上の権利義務を承継させるなどの合意がない限り、営業譲受会社に対して、自己の会員資格を当然には主張することができない。

2  本件において、原告が入会契約を締結した相手は被告昭和総合であるから、被告ルーデンスが無条件で預託金返還債務を引き受けた等の事情がない限り、原告は、別法人である被告ルーデンスに対して預託金の返還を請求することはできない。

ところで、《証拠省略》によれば、被告ルーデンスは、本件営業譲渡に際し被告昭和総合との間でなされた合意(合意書第六条参照)に基づき、預託金返還期間について移籍後一〇年据え置くこと及び被告ルーデンスの定める会則を承認することに会員が同意することを条件として従前の会員に対する債務(優先的施設利用に係る債務及び預託金返還債務)を引き受ける旨を従前の会員に通知していることが認められ、弁論の全趣旨によれば、原告は、右の条件について同意していないことが認められる。

そうすると、被告ルーデンスが提示した前記条件について同意していない原告に関しては、被告ルーデンスは本件営業譲渡に伴い、預託金返還債務を被告昭和総合から引き継いでいないと認めざるを得ず、原告は、被告ルーデンスに対して本件預託金の返還を請求し得ない。商法二八条を根拠とする原告の主位的請求は採用できない。

なお、被告ルーデンスが、被告昭和総合と入会契約を締結した従前の会員についての権利義務を引き継ぐ旨の契約は、被告ルーデンスと会員との関係でみれば、法的には新たな入会契約の締結と評価されるものであるから、この新契約の締結に際し、被告ルーデンスが主張するような条件を付することも許容されているといわざるを得ず、これが信義則に反する旨の原告の主張も採用することができない。

3  したがって、本件営業譲渡によって被告ルーデンスが原告に対する本件預託金返還債務を引き受けた旨の原告の主張は理由がない。

三  争点3(被告ルーデンスに対する予備的請求関係)について

原告の被告ルーデンスに対する主位的請求は理由がないので、予備的に主張されている詐害行為取消しの可否について検討する。

1  原告は、前記第三の一で指摘したとおり、被告昭和総合に対して一二〇万円の預託金返還請求権を有する債権者である。すなわち原告は被保全債権を有する債権者である。

2  《証拠省略》によれば、被告昭和総合は、平成九年度には営業収支が赤字であり、本件営業譲渡の時点において、会員に対する預託金返還債務については既に支払不能の状態にあったのみならず、ゴルフ施設にはその処分価格を超える担保権が設定されており、その金利の支払さえも滞っており、清算貸借対照表では破産手続になると会員に対する配当がゼロになる状態であったことが認められる。すなわち、被告昭和総合は、本件営業譲渡の時点で既に債務超過の状況にあった。

3  そこで、次に、本件営業譲渡が詐害性を有するか否かについてみるに、債務者が、弁済その他の有益な目的を達するため、相当な代価をもって営業譲渡を行い、かつ、その営業譲渡代金をもって、実際に弁済に充て、あるいは有用な物の購入資金に充ててその物が現存しているときなどは、その営業譲渡は詐害性を有さないといえるが、右営業譲渡が有益な目的を達するためではなかったり、たとえ、目的や計算上の対価が相当であったとしても、営業譲渡当事者の通謀によりその対価が現実に債務者(譲渡会社)に入らないような場合は、右営業譲渡は詐害行為に該当するというべきである。なぜなら、このような場合は、計算上、債務者の一般財産に変動がないとしても、有形資産が現実には減少し、他の債権者の債権回収を一層困難にするからである。

これを本件についてみるに、《証拠省略》によれば、被告らは、本件営業譲渡に伴い、譲渡対象資産の価額を一億六六三一万円とすることに合意するとともに、右営業譲渡対価については、被告昭和総合から被告ルーデンスに移籍した会員に対する預託金返還債務と対当額で相殺する旨の合意をしていることが認められ、その結果、通謀(相殺合意)により、右営業譲渡の対価は現実には一銭たりとも被告昭和総合にもたらされていないことが認められる。

右によれば、本件営業譲渡は、原告を含む債権者(ことに移籍を承諾せず、被告昭和総合に対し依然として預託金返還請求権及び優先的施設利用権を有する債権者)を害することは明らかである。

ところで、被告ルーデンスは、本件ゴルフクラブは無価値であって、その営業譲渡は債権者を害する行為ではないと主張する。しかし、前記認定のとおり、被告らは譲渡対象の営業資産の価値を一億六六三一万円と評価しているのであって、右の一事をもってしても、本件ゴルフクラブの営業資産が全く無価値であると認めることはできない。

また、被告ルーデンスは、将来、営業利益の五〇パーセントをゴルフ場施設の賃料名目で被告昭和総合に支払う旨の合意が成立していることをもって、本件営業譲渡には詐害性がないとも主張している。しかし、将来利益が出るか否か、出るとしてどの程度の利益が出るかは本件営業譲渡時点では全く不確定であって、現に、その後、本件口頭弁論終結時までに被告昭和総合が和議の申立てをしていることも考慮すると、右の賃料支払約束をもって、営業譲渡の正当な対価の支払があったと認めることもできない。

したがって、本件営業譲渡の詐害性を否定する被告ルーデンスの主張は採用できない。

4  次に詐害性の認識について検討するに、《証拠省略》によれば、被告昭和総合は、本件営業譲渡時点では預託金返還債務が流動負債化すると倒産の危機に追い込まれること、すなわち、債務超過に陥っていることを認識しながら、詐害性を有する本件営業譲渡を行ったことが認められ、右事実によれば、被告昭和総合は、本件営業譲渡が原告ら債権者を害する行為であることを認識していたものと推認するのが相当である。

また、《証拠省略》によれば、被告ルーデンスの本店所在地は、被告昭和総合の支店所在地の一つであり、被告ルーデンスの役員のうち、門脇武、小林進時らは、被告昭和総合又は右に吸収合併された訴外中央開発及び訴外関越総業株式会社の役員であったこと、本件営業譲渡も被告昭和総合のゴルフ場部門を被告ルーデンスに移管させる手段として行われたと認められることからすると、被告らは相互に密接な関連を有する法人であると認められ、これに前記の相殺合意の存在も考慮すると、被告ルーデンスも本件営業譲渡が原告を含む債権者を害することを知っていたと推認することができる。

もっとも、被告ルーデンスは、本件営業譲渡は会員のプレー権を保全する目的に出たものであるから被告らに詐害性の認識はなかったとも主張している。

しかし、本件営業譲渡に右目的があったことが事実だとしても、営業譲渡に正当な目的があったからといって直ちにその詐害性が否定されるわけではないことは既に指摘したとおりである。被告ルーデンスの右主張は採用できない。

5  以上によれば、本件営業譲渡は詐害行為に該当すると認められる。そこで、取消しの範囲について検討する。詐害行為取消権に基づき債権者が取り消し得る範囲は、原則として取消権を行使する債権者の債権額の範囲に限られ、例外的に、詐害行為の対象が不可分のときは債権額の範囲を超えて全体の取消しが許容される。

ところで、営業譲渡は、一般に、有機的構成体として一体をなす営業を譲渡するものと定義されるが、現実には個々の資産について評価が可能な部分もあり、現に、《証拠省略》によれば、被告らは譲渡対象資産を個々に評価していることが認められる。

右によれば、詐害行為取消しの場面では本件営業譲渡は可分であると評価すべきであり、その取消しの範囲は、原則どおり、原告の債権額の範囲に限定されると解する。

次に、本件営業譲渡を原告の債権額の範囲で取り消した場合に、その営業の引渡しを求めるのは現実にも困難であるし、仮にこれを認めると既に被告ルーデンスに移籍した会員の権利行使に支障が生ずるなど、大きな混乱が生ずるおそれがある。一方、原告が有する請求債権額は一二〇万円と比較的少額であり、右債権を保全するために営業の引渡しは必ずしも必要ではない状況にある。

右の事情にかんがみれば、本件では、現物返還に代えて請求債権を限度とする価額賠償を認めるべきであると解する。

6  以上によれば、被告昭和総合と被告ルーデンスとの間でなされた本件営業譲渡契約は詐害行為に該当するから、原告の予備的請求は、被保全債権額である一二〇万円の範囲で本件営業譲渡契約を取り消すとともに、価格賠償として被告ルーデンスに対して一二〇万円の支払を求める限度で理由がある。

なお、詐害行為取消権は判決が確定して初めてその効果が発生するものであるから、詐害行為取消しを前提とする価額賠償請求権に仮執行宣言を付すのは相当ではない。

四  結論

以上の認定及び判断の結果によれば、原告の被告昭和総合に対する請求は理由があるから認容し、被告ルーデンスに対する主位的請求は理由がないから棄却し、予備的請求は原告の債権額である一二〇万円の範囲で本件営業譲渡契約を取り消すとともに、価格賠償として被告ルーデンスに対して一二〇万円の支払を求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余の予備的請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 中山孝雄)

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